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亡弟
2話 亡弟 -2
亡弟(中原中也の作品)第2話 「亡弟 -2」を今すぐ読もう!チャット形式小説投稿サイトBookChat
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九月八日の宵であつた。私はその夜の汽車で東京に向けて立つことにしてゐた。

弟の寝てゐる蚊帳《かや》のそばにお膳を出して、私はそこで、グイグイと酒を飲んでゐた。

『今度はうんと、勉強すらあ』

なぞと、時々蚊帳の中の、よくは見えない弟に対して話しかけながら、私は少々無理にお酒を飲んでゐた。

それでも今晩立つのだといへば、若々しく、私は東京の下宿屋の有様なぞをも、フト思ひ浮かべたりするのであつた。

弟にはさぞ羨しいことだらうと、思つてみては遣瀬《やるせ》ないのであつたが、こんな場合にも、猶生活の変化は嬉しいのである。

だがまた、東京にゐて何時売れるともない原稿を書き、淋くなつては無理酒を飲む、しがない不規則な日々を考へると、ガツカリするのであつた。

羨しがることはないよ。俺の此の八年間の東京暮しは、かう/\かういふものだと、云つてやらうかとも思つたが、また云ふ気にもなれず、母が聞いては心配するばかりだと、黙つてしまつた。

そのうちに、なんとも弟の顔が見たくなつたので、蚊帳の中に這入つて行き、

『では行つてくるからな』

とかなんとか、云つた。

やがて母が俥が来たと知らせた声に、弟は目をパチリと開けた。

次弟

『あんまり酒を飲まないやうにしてくれ。』

といふなり弟は目をつむり、もう先刻《さつき》から眠つてゐるもののやうになつた。

『ぢや大事に。』

けれども弟はそのまゝであつた。目を開けさして、私はもう一度言葉を掛けようと思つた、

『泰三、——泰三。』

『およしおよし』

と蚊帳のそばまで来てゐた母が云つた。私は諦めて蚊帳を出ると、飲み残しの酒を急いで飲んだ。

駅までの田圃路を俥に揺られながら、私も母の云ふやうに、もう二三日でもゐてやればよかつたと思つた。

然し、敢て出て来たといふのは、——つまり何時までさうして弟の傍に、東京に生活(?)のある私がゐるといふことは、もう此の数日来では、弟の死を待つてゐることのやうであつた。

死を待つわけもないのだが、私にしても今はもう弟の死を近いことに思つてゐたので、滞在を一日々々と伸ばすことは、今日死ぬか今日死ぬかといふことのやうな気がするのでもあつた。

車夫

『此の節は東京はどちらにおいでで』

といふ、車夫の、暗がりの水溜りを避《よ》け/\云ふ声に、フト私は我に帰つた。

『目黒の方だ』

と、随分力を入れて答へたのではあつたが、その声はかすれてゐた。俥が揺れるたんびには、今にも涙が落ちさうであつた。

それから二週間も経つた或る日、下宿の二階で爪を切つてゐると、弟からの手紙が届いた。

次弟

『僕は元気だ。昨日と今日は、床のそばに机を出して貰つて、レンブラントの素描を模写した。

次弟

友達の住所録も、整理した。此の分では直きに、庭くらゐは歩けるやうになるだらう。

次弟

兄さん、僕は元気だ。兄さんもどうぞ元気でゐてくれ。』

それから一寸置いて、ちがつた字体で、

次弟

『やつぱり迷はず和漢の療法を守つてゐればいいのだね。西洋医学なぞクソでもくらへだ』

とあつた。

私は喜んだ。しかしほんとだらうか。

だがやつぱり不治なぞといふことはないだらうと、私は猶|一縷《いちる》の望みは消さないで持つてゐたことに、誇りをさへ感じた。

秋の日を受けた、弟の部屋の縁側は明るく、痩せ細つた足に足袋を穿いて、机に向つてゐる弟の姿が、庭の松の木や青空なぞと一緒に見えた。

『あれが中日和といふものだつたのでせう』

と母は、埋葬を終へた日の宵、私達四人の兄弟がゐる所で云つた。

四男

『中日和つて何』

と、せきこんで末の弟は訊いた。

『死ぬ前に、たいがいその一寸前には、気持のいい日があるものなんです。それを中日和。』

友達を訪ねて、誘ひ出し、豪徳寺の或るカフエーに行つて、ビールを飲んだ。

その晩は急に大雨となり、風もひどく、飲んでる最中二度ばかりも停電した。

客の少ない晩で、二階にゐるのは、私と友達と二人きりであつた。女給達は、閑《ひま》なもので、四五人も私達のそばに来てゐた。

そして、てんでに流行歌を、外は風や雨なので、大きい声で唄つてゐた。急に気温が低くなり、私は少々寒くなつたので、やがて私も唄ひ出した。

やがてコックが上つて来て、我々の部屋の五つばかりの電灯を、三つも消してゆくと、我等の唄声は、益々大きく乱暴になつてゆくのであつた。

テーブルも椅子も、バカツ高く、湿つた床は板張りで、四間に五間のその部屋は、厩《うまや》のやうな感じがした。

そこを出て、大降りの中を歩いて、私と友達とは豪徳寺の駅で別れた。

ガタガタ慄へながら下宿に帰つて、大急ぎで服を脱いで、十五分もボンやりと部屋の真ン中で煙草を吹かしてゐると、電報が来た。

お主婦

『高村さん電報です』

と、下宿のお主婦《かみ》は、何時もながらの植民地帰りの寡婦らしい硬い声で、それでも弟の死だらうと、大概は見当が付いてゐたものとみえ、流石《さすが》に眼を伏せて、梯子段の中途から、ソツと電報を投込んだ。

『タイザウシス』

私はその電報を持つて、部屋の真ン中に立つたまゝ、地鳴りでも聞いてゐるやうな恰好で、事実なのだ、これは事実なのだと、声もなく呟いてゐるのであつた。時計をみた。十一時二十分であつた。

もう汽車はない。明日一番で立たう。

だがなあ……

と悲しい心の隅にはまた、へんに閑のある心があつて、こんなことをも思つてみるのであつた。

死んでから急いだつてなんにならう……だがこんなことを考へるのも可笑《おか》しい、うん、可笑しい。

それにしても、——私はまた更《あらた》めて思ふのであつた、弟は既に旅立つてゐる。

弟はもう此の世のものではないのである!

——私は眼を遠くに向けた。硝子障子の向ふには雨戸があつた。もう閉めてゐたのであつた。柱も壁も、何時もどほりであつた、そしてそれはさうであるに違ひなかつた。

私は同宿人のゐないことが、つまり六畳と三畳二間きりのその二階が私一人のものであることが、どんなに嬉しかつたか知れはしない。

存分に悲しむために、私は寝台にもぐつて、頭から毛布をヒツかぶつた。息がつまりさうであつた。

が、それがなんであらう、私がビールを飲んでゐる時、弟は最期の苦しみを戦つてゐた!

火葬《やき》場からの帰途、それは薄曇りの日であつたが、白つぽい道の上を歩きながら、死んだ弟の次の弟が、訊かれたでもないのに、フト語り始めるのであつた。

三男

『泰ちやんは、大きな声で色んなことを云ひ出したよ。医者の奴は、脳にまゐりましたと云つたよ。それから、直ぐに麻痺させる注射をした。……だがあの時は、大きい声で云つたことは、泰ちやんの気象を全く現はしてゐたよ。』

四男

『あれあ実際……脳に来たのでもなんでもなかつたんだよ。』

とその一つ下の弟は続けて、そつぽを向くのであつた。

『大きい声で何を云つたんだい。』

三男

『それあ』

と云つて上の弟は、一寸どれから云はうかとしたのであつた。云へるものか、併し……何か云はう。

三男

『梶川(医者の姓)、おまへは俺を殺す! ……『実際、大きい声だつたよ』

と云つて弟は涙をゴマ化すのであつた。

道は少しのデコボコだつたが、私は前々夜来睡眠をとつてゐなかつたので、僅かのデコボコにも足許がフラフラし、頭もフラフラした。

冷たい軽い風のある日で、ワイシャツの袖口あたりに、ウブ毛の風に靡くのが感じられるやうなふうであつたことを記憶してゐる。

道に沿つたお寺の、白い塀壁の表面のウス黒い埃りや、そこに書いてあつた〈へのへのもへじ〉なぞも、目に留つてゐて離れない。

その塀に沿つた、紙や泡《アブク》のヒヨロヒヨロと顫《ふる》へてゐるドブは、それを見ながら歩くことが嫌ではなかつた。

焼香の返礼を、私が如何に大真面目に勤めたかは、今考へると滑稽でもある。 

母は、医者の所へは、一番最後にゆつくりと出掛けて行つて、その時はお礼の品も持つて行くのだと吩付《いひつ》けた。

『ええ』

、とは云つたものの医者の顔をジツクリと思ひ浮べてみるのであつた。