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藪の中
1話 検非違使に問われたる木樵りの物語
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木樵り

さようでございます。あの死骸《しがい》を見つけたのは、わたしに違いございません。

木樵り

わたしは今朝《けさ》いつもの通り、裏山の杉を伐《き》りに参りました。

木樵り

すると山陰《やまかげ》の藪《やぶ》の中に、あの死骸があったのでございます。

木樵り

あった処でございますか?

木樵り

それは山科《やましな》の駅路からは、四五町ほど隔たって居りましょう。竹の中に痩《や》せ杉の交《まじ》った、人気《ひとけ》のない所でございます。

木樵り

死骸は縹《はなだ》の水干《すいかん》に、都風《みやこふう》のさび烏帽子をかぶったまま、仰向《あおむ》けに倒れて居りました。

木樵り

何しろ一刀《ひとかたな》とは申すものの、胸もとの突き傷でございますから、死骸のまわりの竹の落葉は、蘇芳《すほう》に滲《し》みたようでございます。

木樵り

いえ、血はもう流れては居りません。傷口も乾《かわ》いて居ったようでございます。

木樵り

おまけにそこには、馬蠅《うまばえ》が一匹、わたしの足音も聞えないように、べったり食いついて居りましたっけ。

木樵り

太刀《たち》か何かは見えなかったか?

木樵り

いえ、何もございません。ただその側の杉の根がたに、縄《なわ》が一筋落ちて居りました。

木樵り

それから、——そうそう、縄のほかにも櫛《くし》が一つございました。死骸のまわりにあったものは、この二つぎりでございます。

木樵り

が、草や竹の落葉は、一面に踏み荒されて居りましたから、きっとあの男は殺される前に、よほど手痛い働きでも致したのに違いございません。

木樵り

何、馬はいなかったか?

木樵り

あそこは一体馬なぞには、はいれない所でございます。何しろ馬の通《かよ》う路とは、藪一つ隔たって居りますから。