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倫敦塔
4話 倫敦塔 -4
倫敦塔(夏目漱石の作品)第4話 「倫敦塔 -4」を今すぐ読もう!チャット形式小説投稿サイトBookChat
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たちまち窖《あな》も首斬りもカンテラも一度に消えて余はボーシャン塔の真中《まんなか》に茫然《ぼうぜん》と佇《たたず》んでいる。

ふと気がついて見ると傍《そば》に先刻《さっき》鴉《からす》に麺麭《パン》をやりたいと云った男の子が立っている。例の怪しい女ももとのごとくついている。男の子が壁を見て

男の子

「あそこに犬がかいてある」

と驚いたように云う。女は例のごとく過去の権化《ごんげ》と云うべきほどの屹《きっ》とした口調《くちょう》で

若い女

「犬ではありません。左りが熊、右が獅子《しし》でこれはダッドレー家《け》の紋章です」

と答える。実のところ余も犬か豚だと思っていたのであるから、今この女の説明を聞いてますます不思議な女だと思う。

そう云えば今ダッドレーと云ったときその言葉の内に何となく力が籠《こも》って、あたかも己《おの》れの家名でも名乗《なの》ったごとくに感ぜらるる。

余は息を凝《こ》らして両人《ふたり》を注視する。女はなお説明をつづける。

若い女

「この紋章を刻《きざ》んだ人はジョン・ダッドレーです」

あたかもジョンは自分の兄弟のごとき語調である。

若い女

「ジョンには四人の兄弟があって、その兄弟が、熊と獅子の周囲《まわり》に刻みつけられてある草花でちゃんと分ります」

見るとなるほど四通《よとお》りの花だか葉だかが油絵の枠《わく》のように熊と獅子を取り巻いて彫《ほ》ってある。

若い女

「ここにあるのは Acorns でこれは Ambrose の事です。こちらにあるのが Rose で Robert を代表するのです。下の方に忍冬《にんどう》が描《か》いてありましょう。忍冬は Honeysuckle だから Henry に当るのです。左りの上に塊《かたま》っているのが Geranium でこれは G……」

と云ったぎり黙っている。見ると珊瑚《さんご》のような唇《くちびる》が電気でも懸《か》けたかと思われるまでにぶるぶると顫《ふる》えている。

蝮《まむし》が鼠《ねずみ》に向ったときの舌の先のごとくだ。しばらくすると女はこの紋章の下に書きつけてある題辞を朗《ほが》らかに誦《じゅ》した。

若い女

  Yow that the beasts do wel behold and se,
  May deme with ease wherefore here made they be
  Withe borders wherein ……………………………………
  4 brothers' names who list to serche the grovnd.

女はこの句を生れてから今日《きょう》まで毎日日課として暗誦《あんしょう》したように一種の口調をもって誦《じゅ》し了《おわ》った。

実を云うと壁にある字ははなはだ見悪《みにく》い。余のごときものは首を捻《ひね》っても一字も読めそうにない。余はますますこの女を怪しく思う。

気味が悪くなったから通り過ぎて先へ抜ける。銃眼《じゅうがん》のある角を出ると滅茶苦茶《めちゃくちゃ》に書き綴《つづ》られた、模様だか文字だか分らない中に、正しき画《かく》で、小《ちいさ》く「ジェーン」と書いてある。

余は覚えずその前に立留まった。英国の歴史を読んだものでジェーン・グレーの名を知らぬ者はあるまい。またその薄命と無残の最後に同情の涙を濺《そそ》がぬ者はあるまい。

ジェーンは義父《ぎふ》と所天《おっと》の野心のために十八年の春秋《しゅんじゅう》を罪なくして惜気《おしげ》もなく刑場に売った。

蹂《ふ》み躙《にじ》られたる薔薇《ばら》の蕊《しべ》より消え難き香《か》の遠く立ちて、今に至るまで史を繙《ひもと》く者をゆかしがらせる。

希臘語《ギリシャご》を解しプレートーを読んで一代の碩学《せきがく》アスカムをして舌を捲《ま》かしめたる逸事は、この詩趣ある人物を想見《そうけん》するの好材料として何人《なんびと》の脳裏《のうり》にも保存せらるるであろう。

余はジェーンの名の前に立留ったぎり動かない。動かないと云うよりむしろ動けない。空想の幕はすでにあいている。

始は両方の眼が霞《かす》んで物が見えなくなる。やがて暗い中の一点にパッと火が点ぜられる。その火が次第次第に大きくなって内に人が動いているような心持ちがする。

次にそれがだんだん明るくなってちょうど双眼鏡《そうがんきょう》の度を合せるように判然と眼に映じて来る。次にその景色《けしき》がだんだん大きくなって遠方から近づいて来る。

気がついて見ると真中に若い女が坐っている、右の端《はじ》には男が立っているようだ。両方共どこかで見たようだなと考えるうち、瞬《また》たくまにズッと近づいて余から五六間先ではたと停《とま》る。

男は前に穴倉の裏《うち》で歌をうたっていた、眼の凹《くぼ》んだ煤色《すすいろ》をした、背《せ》の低い奴だ。

磨《と》ぎすました斧《おの》を左手《ゆんで》に突いて腰に八寸ほどの短刀をぶら下げて身構えて立っている。余は覚えずギョッとする。

女は白き手巾《ハンケチ》で目隠しをして両の手で首を載《の》せる台を探すような風情《ふぜい》に見える。

首を載せる台は日本の薪割台《まきわりだい》ぐらいの大きさで前に鉄の環《かん》が着いている。台の前部《ぜんぶ》に藁《わら》が散らしてあるのは流れる血を防ぐ要慎《ようじん》と見えた。

背後の壁にもたれて二三人の女が泣き崩《くず》れている、侍女ででもあろうか。白い毛裏を折り返した法衣《ほうえ》を裾長く引く坊さんが、うつ向いて女の手を台の方角へ導いてやる。

女は雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色《こんじき》の髪を時々雲のように揺《ゆ》らす。

ふとその顔を見ると驚いた。眼こそ見えね、眉《まゆ》の形、細き面《おもて》、なよやかなる頸《くび》の辺《あた》りに至《いたる》まで、先刻《さっき》見た女そのままである。

思わず馳《か》け寄ろうとしたが足が縮《ちぢ》んで一歩も前へ出る事が出来ぬ。女はようやく首斬り台を探《さぐ》り当てて両の手をかける。唇がむずむずと動く。

最前《さいぜん》男の子にダッドレーの紋章を説明した時と寸分《すんぶん》違《たが》わぬ。やがて首を少し傾けて

若い女

「わが夫《おっと》ギルドフォード・ダッドレーはすでに神の国に行ってか」

と聞く。肩を揺《ゆ》り越した一握《ひとにぎ》りの髪が軽《かろ》くうねりを打つ。坊さんは

坊さん

「知り申さぬ」

と答えて

坊さん

「まだ真《まこ》との道に入りたもう心はなきか」

と問う。女|屹《きっ》として

若い女

「まこととは吾と吾|夫《おっと》の信ずる道をこそ言え。御身達の道は迷いの道、誤りの道よ」

と返す。坊さんは何にも言わずにいる。女はやや落ちついた調子で

若い女

「吾夫が先なら追いつこう、後《あと》ならば誘《さそ》うて行こう。正しき神の国に、正しき道を踏んで行こう」

と云い終って落つるがごとく首を台の上に投げかける。眼の凹《くぼ》んだ、煤色《すすいろ》の、背の低い首斬り役が重た気《げ》に斧をエイと取り直す。

余の洋袴《ズボン》の膝に二三点の血が迸《ほとば》しると思ったら、すべての光景が忽然《こつぜん》と消え失《う》せた。

あたりを見廻わすと男の子を連れた女はどこへ行ったか影さえ見えない。狐に化《ば》かされたような顔をして茫然《ぼうぜん》と塔を出る。

帰り道にまた鐘塔《しゅとう》の下を通ったら高い窓からガイフォークスが稲妻《いなずま》のような顔をちょっと出した。

「今一時間早かったら……。この三本のマッチが役に立たなかったのは実に残念である」と云う声さえ聞えた。自分ながら少々気が変だと思ってそこそこに塔を出る。

塔橋を渡って後《うし》ろを顧《かえり》みたら、北の国の例かこの日もいつのまにやら雨となっていた。

糠粒《ぬかつぶ》を針の目からこぼすような細かいのが満都の紅塵《こうじん》と煤煙《ばいえん》を溶《と》かして濛々《もうもう》と天地を鎖《とざ》す裏《うち》に地獄の影のようにぬっと見上げられたのは倫敦塔であった。

無我夢中に宿に着いて、主人に今日は塔を見物して来たと話したら、主人が鴉《からす》が五羽いたでしょうと云う。

おやこの主人もあの女の親類かなと内心|大《おおい》に驚ろくと主人は笑いながら

宿の主人

「あれは奉納の鴉です。昔しからあすこに飼っているので、一羽でも数が不足すると、すぐあとをこしらえます、それだからあの鴉はいつでも五羽に限っています」

と手もなく説明するので、余の空想の一半は倫敦塔を見たその日のうちに打《ぶ》ち壊《こ》わされてしまった。余はまた主人に壁の題辞の事を話すと、主人は無造作《むぞうさ》に

宿の主人

「ええあの落書《らくがき》ですか、つまらない事をしたもんで、せっかく奇麗な所を台なしにしてしまいましたねえ、なに罪人《ざいにん》の落書だなんて当《あて》になったもんじゃありません、贋《にせ》もだいぶありまさあね」

と澄《す》ましたものである。余は最後に美しい婦人に逢《あ》った事とその婦人が我々の知らない事やとうてい読めない字句をすらすら読んだ事などを不思議そうに話し出すと、主人は大に軽蔑《けいべつ》した口調《くちょう》で

宿の主人

「そりゃ当り前でさあ、皆んなあすこへ行く時にゃ案内記を読んで出掛けるんでさあ、そのくらいの事を知ってたって何も驚くにゃあたらないでしょう、何すこぶる別嬪《べっぴん》だって?——倫敦にゃだいぶ別嬪がいますよ、少し気をつけないと険呑《けんのん》ですぜ」

ととんだ所へ火の手が揚《あが》る。これで余の空想の後半がまた打ち壊わされた。主人は二十世紀の倫敦人である。

それからは人と倫敦塔の話しをしない事にきめた。また再び見物に行かない事にきめた。

この篇は事実らしく書き流してあるが、実のところ過半《かはん》想像的の文字《もんじ》であるから、見る人はその心で読まれん事を希望する、塔の歴史に関して時々戯曲的に面白そうな事柄を撰《えら》んで綴《つづ》り込んで見たが、甘《うま》く行かんので所々不自然の痕迹《こんせき》が見えるのはやむをえない。

そのうちエリザベス(エドワード四世の妃)が幽閉中の二王子に逢いに来る場と、二王子を殺した刺客《せっかく》の述懐《じゅっかい》の場は沙翁《さおう》の歴史劇リチャード三世のうちにもある。

沙翁はクラレンス公爵の塔中で殺さるる場を写すには正筆《せいひつ》を用い、王子を絞殺《こうさつ》する模様をあらわすには仄筆《そくひつ》を使って、刺客の語を藉《か》り裏面からその様子を描出《びょうしゅつ》している。

かつてこの劇を読んだとき、そこを大《おおい》に面白く感じた事があるから、今その趣向をそのまま用いて見た。しかし対話の内容周囲の光景等は無論余の空想から捏出《ねつしゅつ》したもので沙翁とは何らの関係もない。

それから断頭吏《だんとうり》の歌をうたって斧《おの》を磨《と》ぐところについて一言《いちげん》しておくが、この趣向は全くエーンズウォースの「倫敦塔《ロンドンとう》」と云う小説から来たもので、余はこれに対して些少《さしょう》の創意をも要求する権利はない。

エーンズウォースには斧《おの》の刃のこぼれたのをソルスベリ伯爵夫人を斬る時の出来事のように叙してある。

余がこの書を読んだとき断頭場に用うる斧の刃のこぼれたのを首斬り役が磨《と》いでいる景色などはわずかに一二頁に足らぬところではあるが非常に面白いと感じた。

のみならず磨ぎながら乱暴な歌を平気でうたっていると云う事が、同じく十五六分の所作ではあるが、全篇を活動せしむるに足《た》るほどの戯曲的出来事だと深く興味を覚えたので、今その趣向そのままを蹈襲《とうしゅう》したのである。

但《ただ》し歌の意味も文句も、二吏の対話も、暗窖《あんこう》の光景もいっさい趣向以外の事は余の空想から成ったものである。

ついでだからエーンズウォースが獄門役に歌わせた歌を紹介して置く。

   The axe was sharp, and heavy as lead,
   As it touched the neck, off went the head!
          Whir—whir—whir—whir!

   Queen Anne laid her white throat upon the block,
   Quietly waiting the fatal shock;
   The axe it severed it right in twain,
   And so quick—so true—that she felt no pain.
          Whir—whir—whir—whir!

   Salisbury's countess, she would not die
   As a proud dame should—decorously.
   Lifting my axe, I split her skull,
   And the edge since then has been notched and dull.
          Whir—whir—whir—whir!

   Queen Catherine Howard gave me a fee, —
   A chain of gold—to die easily:
   And her costly present she did not rue,
   For I touched her head, and away it flew!
          Whir—whir—whir—whir!

この全章を訳そうと思ったがとうてい思うように行かないし、かつ余り長過ぎる恐れがあるからやめにした。

二王子幽閉の場と、ジェーン所刑の場については有名なるドラロッシの絵画がすくなからず余の想像を助けている事を一言《いちげん》していささか感謝の意を表する。

舟より上《あが》る囚人のうちワイアットとあるは有名なる詩人の子にてジェーンのため兵を挙《あ》げたる人、父子|同名《どうみょう》なる故|紛《まぎ》れ易《やす》いから記して置く。

塔中四辺の風致景物を今少し精細に写す方が読者に塔その物を紹介してその地を踏ましむる思いを自然に引き起させる上において必要な条件とは気がついているが、何分かかる文を草する目的で遊覧した訳ではないし、かつ年月が経過しているから判然たる景色がどうしても眼の前にあらわれにくい。

したがってややともすると主観的の句が重複《ちょうふく》して、ある時は読者に不愉快な感じを与えはせぬかと思うところもあるが右の次第だから仕方がない。

(三十七年十二月二十日)