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オツベルと象
3話 第五日曜
オツベルと象(宮沢賢治の作品)第3話 「第五日曜」を今すぐ読もう!チャット形式小説投稿サイトBookChat
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オツベルかね、そのオツベルは、おれも云おうとしてたんだが、居なくなったよ。

まあ落ちついてききたまえ。前にはなしたあの象を、オツベルはすこしひどくし過ぎた。

しかたがだんだんひどくなったから、象がなかなか笑わなくなった。時には赤い竜《りゅう》の眼をして、じっとこんなにオツベルを見おろすようになってきた。

ある晩象は象小屋で、三把の藁をたべながら、十日の月を仰《あお》ぎ見て、

白象

「苦しいです。サンタマリア。」

と云ったということだ。

こいつを聞いたオツベルは、ことごと象につらくした。

ある晩、象は象小屋で、ふらふら倒《たお》れて地べたに座り、藁もたべずに、十一日の月を見て、

白象

「もう、さようなら、サンタマリア。」

と斯う言った。

「おや、何だって? さよならだ?」

月が俄《にわ》かに象に訊《き》く。

白象

「ええ、さよならです。サンタマリア。」

「何だい、なりばかり大きくて、からっきし意気地《いくじ》のないやつだなあ。仲間へ手紙を書いたらいいや。」

月がわらって斯う云った。

白象

「お筆も紙もありませんよう。」

象は細ういきれいな声で、しくしくしくしく泣き出した。

童子

「そら、これでしょう。」

すぐ眼の前で、可愛《かあい》い子どもの声がした。象が頭を上げて見ると、赤い着物の童子が立って、硯《すずり》と紙を捧《ささ》げていた。

象は早速手紙を書いた。

白象

「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出て来て助けてくれ。」

童子はすぐに手紙をもって、林の方へあるいて行った。

赤衣《せきい》の童子が、そうして山に着いたのは、ちょうどひるめしごろだった。

このとき山の象どもは、沙羅樹《さらじゅ》の下のくらがりで、碁《ご》などをやっていたのだが、額をあつめてこれを見た。

白象

「ぼくはずいぶん眼にあっている。みんなで出てきて助けてくれ。」

象は一せいに立ちあがり、まっ黒になって吠《ほ》えだした。

仲間の象

「オツベルをやっつけよう」

議長の象が高く叫《さけ》ぶと、

仲間の象

「おう、でかけよう。グララアガア、グララアガア。」

みんながいちどに呼応する。

さあ、もうみんな、嵐《あらし》のように林の中をなきぬけて、グララアガア、グララアガア、野原の方へとんで行く。どいつもみんなきちがいだ。

小さな木などは根こぎになり、藪《やぶ》や何かもめちゃめちゃだ。グワア グワア グワア グワア、花火みたいに野原の中へ飛び出した。

それから、何の、走って、走って、とうとう向うの青くかすんだ野原のはてに、オツベルの邸《やしき》の黄いろな屋根を見附《みつ》けると、象はいちどに噴火《ふんか》した。

グララアガア、グララアガア。その時はちょうど一時半、オツベルは皮の寝台《しんだい》の上でひるねのさかりで、烏《からす》の夢《ゆめ》を見ていたもんだ。

あまり大きな音なので、オツベルの家の百姓どもが、門から少し外へ出て、小手をかざして向うを見た。林のような象だろう。汽車より早くやってくる。

さあ、まるっきり、血の気も失せてかけ込《こ》んで、

百姓達

「旦那《だんな》あ、象です。押し寄せやした。旦那あ、象です。」

と声をかぎりに叫んだもんだ。

ところがオツベルはやっぱりえらい。眼をぱっちりとあいたときは、もう何もかもわかっていた。

オツベル

「おい、象のやつは小屋にいるのか。居る? 居る? 居るのか。よし、戸をしめろ。戸をしめるんだよ。早く象小屋の戸をしめるんだ。ようし、早く丸太を持って来い。

オツベル

とじこめちまえ、畜生《ちくしょう》めじたばたしやがるな、丸太をそこへしばりつけろ。何ができるもんか。わざと力を減らしてあるんだ。

オツベル

ようし、もう五六本持って来い。さあ、大丈夫だ。大丈夫だとも。あわてるなったら。おい、みんな、こんどは門だ。門をしめろ。かんぬきをかえ。つ

オツベル

っぱり。つっぱり。そうだ。おい、みんな心配するなったら。しっかりしろよ。」

オツベルはもう支度《したく》ができて、ラッパみたいないい声で、百姓どもをはげました。ところがどうして、百姓どもは気が気じゃない。

こんな主人に巻き添《ぞ》いなんぞ食いたくないから、みんなタオルやはんけちや、よごれたような白いようなものを、ぐるぐる腕《うで》に巻きつける。降参をするしるしなのだ。

オツベルはいよいよやっきとなって、そこらあたりをかけまわる。オツベルの犬も気が立って、火のつくように吠《ほ》えながら、やしきの中をはせまわる。

間もなく地面はぐらぐらとゆられ、そこらはばしゃばしゃくらくなり、象はやしきをとりまいた。

グララアガア、グララアガア、その恐《おそ》ろしいさわぎの中から、

仲間の象

「今助けるから安心しろよ。」

やさしい声もきこえてくる。

白象

「ありがとう。よく来てくれて、ほんとに僕《ぼく》はうれしいよ。」

象小屋からも声がする。さあ、そうすると、まわりの象は、一そうひどく、グララアガア、グララアガア、塀《へい》のまわりをぐるぐる走っているらしく、度々中から、怒《おこ》ってふりまわす鼻も見える。

けれども塀はセメントで、中には鉄も入っているから、なかなか象もこわせない。塀の中にはオツベルが、たった一人で叫んでいる。

百姓どもは眼もくらみ、そこらをうろうろするだけだ。そのうち外の象どもは、仲間のからだを台にして、いよいよ塀を越《こ》しかかる。だんだんにゅうと顔を出す。

その皺《しわ》くちゃで灰いろの、大きな顔を見あげたとき、オツベルの犬は気絶した。

さあ、オツベルは射《う》ちだした。六連発のピストルさ。ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ところが弾丸《たま》は通らない。

牙《きば》にあたればはねかえる。一|疋《ぴき》なぞは斯《こ》う言った。

仲間の象

「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔へあたるんだ。」

オツベルはいつかどこかで、こんな文句をきいたようだと思いながら、ケースを帯からつめかえた。そのうち、象の片脚が、塀からこっちへはみ出した。

それからも一つはみ出した。五匹の象が一ぺんに、塀からどっと落ちて来た。オツベルはケースを握ったまま、もうくしゃくしゃに潰《つぶ》れていた。

早くも門があいていて、グララアガア、グララアガア、象がどしどしなだれ込む。

仲間の象

「牢《ろう》はどこだ。」

みんなは小屋に押し寄せる。丸太なんぞは、マッチのようにへし折られ、あの白象は大へん瘠《や》せて小屋を出た。

仲間の象

「まあ、よかったねやせたねえ。」

みんなはしずかにそばにより、鎖と銅をはずしてやった。

白象

「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助かったよ。」

白象はさびしくわらってそう云った。

おや、川へはいっちゃいけないったら。