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パノラマ島綺譚
3話 三
パノラマ島綺譚(江戸川乱歩の作品)第3話 「三」を今すぐ読もう!チャット形式小説投稿サイトBookChat
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さて御話というのは、人見廣介がその様な状態で生き甲斐《がい》のない其日其日を送っている所へ、ある日のこと、それは先に云った例の離れ島の大土工が始まる一年ばかり前に当るのですが、実にすばらしい幸運が舞い込んで来たことから始まるのです。

それは一口に幸運などという言葉では云い尽せない程、奇怪|至極《しごく》な、寧《むし》ろ恐るべき、それでいてお伽噺にも似た蠱惑《こわく》を伴う所の、ある事柄でありました。

彼はその吉報(?)に接して、やがてある事に思い当ると、恐らく何人《なんぴと》も嘗て経験したことのない不思議な歓喜を味《あじわ》い、そしてその次の刹那《せつな》には、彼自身の考えの余りの恐しさに、歯の根も合わぬ程の戦慄を覚えたのであります。

その報知を齎《もたら》した者は、大学時代彼の同級生であった、一人の新聞記者でありましたが、ある日、その男が、久し振りで廣介の下宿を訪れ、何かの話の序《ついで》に、無論《むろん》彼としては何の気もつかず、ふとその事柄を言い出したのでした。

新聞記者

「時に、君はまだ知るまいが、つい二三日前に君の兄貴が死んだのだよ」

廣介

「なんだって?」

その時人見廣介は、相手の異様な言葉に、ついこんな風に反問しないではいられませんでした。

新聞記者

「ホラ、君はもう忘れたのかい。例の有名な君の片割《かたわれ》だよ、双生児《ふたご》の片割だよ。菰田|源三郎《げんざぶろう》さ」

廣介

「アア、菰田か。あの大金持の菰田がかい。そいつは驚いたな。全体何の病気で死んだのだい」

新聞記者

「通信員から原稿を送って来たのだよ。それによると、先生持病の癲癇でやられたらしい。発作が起ったまま回復しなかったのだね。まだ四十の声も聞かないで、可哀相なことをしたよ」

そのあとにつけ加えて、新聞記者はこんなことを云いました。

新聞記者

「それにしても、僕は今更《いまさ》ら感心したね。なんてよく似ているのだろう。君とあの男がさ。

新聞記者

原稿と一緒に菰田の最近の写真を入れて来たのだが、それを見ると、あれから五六年たつけれど、君達は、寧ろ学生時代以上に似て来たね。

新聞記者

あの写真の口髭《くちひげ》の所へ指を当てて、そこへ、君のその眼鏡《めがね》をかけさせればまるでそっくりなんだからね」

この会話によって、読者諸君が已《すで》に想像された通り、貧乏書生の人見廣介と、M県随一の富豪菰田源三郎とは、大学時代の同級生で、しかも、不思議なことには、

外の学生達から双生児という渾名《あだな》をつけられていた程、顔形から脊恰好《せかっこう》、声音《こわね》に至るまで、まるで瓜《うり》二つだったのです。

同級生達は彼等の年齢の相違から、菰田源三郎を双生児の兄と呼び、人見廣介を弟と呼んで、何かにつけて二人をからかおうとしました。

からかわれながら、彼等は、お互《たがい》に、その渾名が決して偽《いつわ》りではないことを、自《みず》から認めない訳には行かなかったのです。

こうしたことは、間々《まま》ある習いとは云いながら、彼等の様に、双生児でもないのに、双生児と間違う程も似ているというのは、一寸《ちょっと》珍らしい事でした。

殊にそれが、後《のち》になって、世にも驚くべき怪事件を生むに至った事実を思えば、因縁《いんねん》の恐しさに、身震いを禁じ得ないのです。

彼等が双方とも、余り教室へ顔を見せない方だったのと、人見廣介が軽度の近眼で、始終《しじゅう》眼鏡を用いていたのとで、二人顔を合せる機会が少く、顔を合せた所で一方は眼鏡がある為、遠方からでも十分区別することが出来たものですから、

さしたる珍談も起らないで済みましたが、それでも、長い学生生活中には、笑い話の種になる様な事柄が一二度ならずありました。それ程彼等はよく似ていたのです。

その所謂双生児の片割が死んだというのですから、人見廣介に取っては、外の同窓の訃報《ふほう》に接したよりは、いくらか驚きが強かった訳ですが、

でも、彼は当時から、まるで自分の影の様な菰田に対して、彼等が余りに似過ぎている為に却って嫌悪の情を抱いていた位で、無論悲しみを感ずるという程ではありませんでした。

とは云え、この出来事には何とも知れず人見廣介をうつものがあったのです。

それは悲しみというよりは驚き、驚きというよりは、何かこう、妙に不気味な、えたいの知れぬ予感の様なものでありました。

併しそれが何であるか、相手の新聞記者がそれから又長い間世間話を続けて、さて帰って了うまで、彼は一向気づかないでいたのですが、

一人になってから、妙に頭に残っている菰田の死について、色々と考えている内に、やがてある途方もない空想が、夕立雲の拡がる時の様な、早さ、不気味さで、彼の頭の中にムラムラと湧き起って来たのです。

彼は真青《まっさお》になって歯を喰いしばって、はてはガタガタ震えながら、いつまでもじっと一つ所に坐ったまま、その段々ハッキリと正体を現わして来る考を見つめて居りました。

ある時は、余りの怖さに、次々と湧き上る妙計を、押え止めようと努力したのですが、どうして止まるどころか、押えれば押える程、却って百色《ひゃくいろ》眼鏡の鮮かさを以て、その悪計の一つ一つの場面までが、幻想されて来るのでした。